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日本刀
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わたしと一振り

2020.09.01

「さきのさんさ、刀剣のコラム書いてみない?」

HAIRCATALOG.JPの茅野編集長からそんな誘いを受けたのは、たしか1年くらい前のことだったと思う。あの時の私はグレーの裏地が付いた白一色の麻のワンピースを着て、ポカンとその言葉を聞いていた覚えがあるので、たぶん寒い季節ではなかったはずだ。

刀剣コラムを書くことになったのはこの一言がきっかけで、その日数年ぶりに会った茅野さんが突然そんな話を持ち掛けたのは私が刀剣博物館にリポートに行った記事を読んでくれていたからだそうだ。

仕事にマメな編集長が読んでくれていたという記事がリリースされたのは、今から3年くらいさかのぼる。取材日はたしか春。寒くも暑くもなくて薄手のニット一枚が丁度いい、うららかな日だった。私はなかなか受けたことの無いタイプの仕事に緊張していて、撮影チームの方たちと挨拶を交わしながら袖の先をぎゅうぎゅうと握りしめていたことを覚えている。

私の刀剣関係の仕事は始まり方がいつもちょっと特殊だ。“さきのは刀が好きらしい”という風の噂がどこかへふらりと漂って、思いもよらないところから「刀が好きだって聞いたんだけど」、と声をかけてもらう。そこからちょっとした雑談につながったり、ありがたいことにたまにお仕事につながったりする。

3年前の取材もだいたいそんなような流れで、私が刀剣好きだという噂を耳にした人から声をかけてもらったことで実現した。
当時はまだ渋谷区四丁目にあった刀剣博物館(今は両国に移転している)は、名だたる名剣名刀が展示されている都内でも人気の高い刀剣スポットだ。取材で訪れたのにもかかわらず、一段落ついたあとには個人的な刀剣鑑賞に没頭して心ここにあらずな状態になってしまい、ライターさんに「おーい、行きますよ」と正気に戻された。ちなみに私が展示室のガラスに張り付いて動かない様子はカメラマンさんにバッチリ撮られてしまい、めでたく掲載されてしまった。今思い出してもちょっと恥ずかしい。

刀剣博物館(墨田区両国)
画像出典:刀剣ワールド

 

あのとき私が夢中になって見つめていた刀の中でも特に印象に残っている一振りがある。五条兼永作の太刀だ。博物館の2階、少しだけ照明の落とされた展示室の奥で堂々と輝く姿に目を奪われたのを覚えている。
太刀の作者である五条兼永の刀派はその名のとおり五条派といい、平安時代中期に京の都にて隆盛を誇った一派だ。日本刀の中でも名刀中の名刀五振りとされる天下五剣のうちの一振り、太刀・三日月宗近を鍛え上げた刀工界のレジェンド三条宗近を流祖とし、御物として有名な太刀・鶴丸国永の作者である五条国永を輩出した刀工集団である。


御物 鶴丸国永
画像出典@刀剣ワールド 

 

残念なことに五条派で現存する在銘作(作者名が刻まれている刀のこと)はほとんどなく、現在確認できている兼永の在銘作はこの太刀を含めて二振りのみであり、刀剣博物館所蔵の兼永の太刀は重要文化財に指定されている。古刀独特の鉄の潤みや威厳のあるたたずまいがなんとも渋く美しい一振りだ。


実はこの取材の後、他県で開催された刀剣の展示イベントでも兼永の太刀を見る機会があった。思いがけない場所での再会に少しびっくりしたことを覚えているし、古刀新刀入り乱れる大規模な展示会においても確かな存在感を放つ刀に胸を打たれた。
今回コラムを書くにあたってどの刀を取り上げようかと悩んだ時に、そういえば連載が始まって一年くらい経ったなとか、きっかけはこうだったな、と思い返しているうちに、ふとこの兼永の太刀のことが頭に浮かんだ。三年前のリポート記事では兼永についても書いていたので、そういうところも茅野編集長の目に留まったのかなと思うと、なんとなくこの太刀のおかげで今書いているコラムに繋がっている気もしたのだ。


刀剣展示イベント「京のかたな」展(京都国立博物館 2018年)にて

  

私がよく古い刀剣に惹かれてしまうのはその時代に特徴的なフォルムが好みだからという理由もあるが、なんといってもこれまで刀身に刻まれてきた歴史に思いをはせるからである。
兼永の太刀もこれまで千年の時代を経て、今もなお輝き続けている。私は初台の刀剣博物館に展示され、両国に移転して、イベントに展示されていたこの太刀を見てきた。これから先何十年、何百年の時を過ごすであろう刀からしたら刹那的な出来事だが、人の手によってながくあり続ける一振りの刀の歴史の一部を見たと思うと感慨深い。これまで取り上げてきたような刀のように逸話らしい逸話はないけれど、私にとって思い入れのあるひと振りになったなと思う。この先もたくさんのひとに見守られながら歴史を重ね、よりいっそう美しくあり続けてほしいと願う。また近いうちに両国まで会いに行こう。

 

画像協力

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