グレイス・ジョーンズ Grace Jones
2020.01.21
今年で創立60周年を迎えたイギリスのアイランド・レコードは、ぼくが高校生だった1960年代後半には最もヒップなレコード会社でした。次々と新しい感覚のミュージシャンたちをデビューさせるアイランドの個々のアルバムは、好みはどうであれ、必ず気になるものでした。その印象は70年代までずっと続き、ぼくが東京に来た1974年の時点ではボブ・マーリーが売り出し中の時期でした。アイランドの「島」はそもそもジャマイカのことで、1959年に会社を設立したクリス・ブラックウェルはジャマイカ生まれのイギリス人。ジャマイカのミュージシャンを世界規模のロック・スターに育てるという彼にとっての夢はボブ・マーリーで実現したわけです。
ぼくが働いていたシンコー・ミュージックの事務所には、時々アイランド・レコードの国際担当者がプロモーションのために来ることがありました。音楽雑誌『ミュージック・ライフ』の編集部を訪れるのが主目的でしたが、何度かぼくがいる国際部に寄ってくれることもあり、思わずサンプル盤のLPをいただくことがありました。
その一つが1980年に出たグレイス・ジョーンズのアルバム『ウォーム・レザレット』でした。当時は全く知らない名前でしたが、アルバム・ジャケットを見たらすごい衝撃を受けました。人間より彫刻かなと思うようなルックス、そして何となくアメリカン・フットボールのユニフォームを思わせる服(後にそれが三宅一生のものと知って驚きました)のイメージから一体どんな音楽をやっているのか、とても好奇心が湧きました。
実際にレコードに針を落としてみたら更にびっくり、レゲェのノリを最先端のニュー・ウェイヴ/ファンクに結合したような、聞いたことがないサウンドで、しかもその音自体がスピーカーからすごい勢いで飛び出るようなインパクトでした。話題のリズム・セクションになりつつあったスライ・アンド・ロビーをはじめ、ジャマイカの若手の先鋭が集まり、クリス・ブラックウェルが新たにバハマのナソーで建設したレコーディング・スタジオ、カンパス・ポイントの最先端の機材を生かした画期的なものでした。
グレイス・ジョーンズ自身の声は普通の歌ではなく、ドスの効いた低い声で歌詞を朗読するような印象でしたが、それも極めて個性的。アルバムの中でぼくが特に気に入ったのは、前年に発表されたプリテンダーズのデビュー作からの曲「プライヴェット・ライフ」のカヴァーで、幻滅した相手に対して呆れた気持ちを吐き捨てるように歌うこの曲の内容とグレイスの声の相乗効果は怖い!
彼女は元々歌い手ではなく、モデルとして注目されました。ジャマイカ生まれで、ニューヨークで育ち、その後しばらくパリで暮らしている時に、ディスコ・ブームの頃にレコードを作り始めたようですが、運よくぼくはその頃を知らずに『ウォーム・レザレット』の衝撃を素直に受けることができたのです。
次に出た『ナイトクラビング』というアルバムにも面白い曲がありましたが、歌の表現に幅があるわけではないので、しばらくすると飽きたのが正直なところです。それにしても、1980年前後の短い間空前のカッコよさを放った人でした。
現在フリーのブロードキャスターとして活動、「バラカン・ビート」(インターFM)、「ウィークエンド・サンシャイン」(NHK-FM)、「ライフスタイル・ミュージアム」(東京FM)、「ジャパノロジー・プラス」(NHK BS1)などを担当。
著書に『ロックの英詞を読む〜世界を変える歌』(集英社インターナショナル)、『ラジオのこちら側』(岩波新書)『わが青春のサウンドトラック』(光文社文庫)、『ピーター・バラカン音楽日記』(集英社インターナショナル)、『魂(ソウル)のゆくえ』(アルテスパブリッシング)、『ぼくが愛するロック 名盤240』(講談社+α文庫)、『ロックの英詞を読む』(集英社インターナショナル)、『猿はマンキ、お金はマニ』(NHK出版)などがある。
2014年から小規模の都市型音楽フェスティヴァルLive Magic(https://www.livemagic.jp/ )のキュレイターを務める。