シェルビー・リン Shelby Lynne
2020.08.13
先日番組のリスナーからなぜシェルビー・リンの新作を紹介していないかというメイルをもらいました。早い話、出ていることを知りませんでした。しかし、好きな歌手であることをその方が知っていたので不思議に思ったのでしょう。
最初に彼女のことを知ったのは2000年に日本で発表された『I Am Shelby Lynne』でした。あたかもデビュー・アルバムかのようなタイトルにもかかわらず、すでに5枚も出していた彼女は10年選手で31歳でした。そして翌年のグラミー賞でシェルビー・リンはめでたく最優秀新人賞を受賞し、88年のデビューから13年かかったことをちょっと皮肉な受賞スピーチをしました。
『I Am Shelby Lynne』は抑制の効いたソウル寄りの歌が素晴らしく、彼女の声にある切なさが聞き手の心に刺さるものです。
そのアルバムの中でいちばん好きな曲はこれ
Shelby Lynne ~ Thought It Would Be Easier
ちなみに、例のグラミー賞の中継でシェリル・クローと共演した映像もあります。
Sheryl Crow & Shelby Lynne - The Difficult Kind
シェルビーと妹のアリスン(彼女もAllison Moorerという名前で歌手をしています)は南部のアラバマ州で育ちました。大酒飲みだった父親は母に暴力を振るう癖があり、母子で逃げましたが、追っかけてきた父が当時17歳と14歳だった姉妹の前で妻を銃殺した後自殺しました。そのトラウマをシェルビーはずっと引きずっているようで、彼女の歌にある切なさもその事件と無関係ではないかも知れません。
『I Am Shelby Lynne』以前の彼女はカントリーの世界で活動していたのですが、まだデビュー間もない頃の映像でテレビ番組でジェイムズ・テイラーの初期の色っぽい「スティームローラ・ブルーズ」を歌っています。
Shelby Lynne Steamroller Blues
彼女は自分で作曲したり、共作したりもしますが、すでに他の人で有名な曲を上手に取り上げることも多く、いくつか紹介します。
まずカントリー界の大物ジョージ・ジョーンズ
Shelby Lynne - "Why Baby Why"
それからレコード店の店頭でバディ・ホリー
Shelby Lynne - Wishin' & Hopin'
こちらはアラバマを舞台にしたボビー・ジェントリーの名曲
Shelby Lynne - Ode To Billy Joe
そしてTony Joe Whiteの「レイニー・ナイト・イン・ジョージア」を本人とデュエットで
Shelby Lynne & Tony Joe White “Rainy Night In Georgia”
またウィリー・ネルスンとの共演でスタンダードの「ストーミー・ウェザー」
Stormy Weather - Shelby Lynne & Willie Nelson
おまけに、シェルビーと若干似た雰囲気を持っているダリル・ホールのウェブキャスト番組にゲスト出演した際、『I Am Shelby Lynne』からの曲を歌っています。
Shelby Lynne -- Leaving (Live from Daryl's House)
『I Am Shelby Lynne』の後しばらくあのアルバムに匹敵するものはありませんでしたが、2008年にぼくが彼女の中で最も気に入っている『Just A Little Lovin’』を出しました。
これは企画アルバムと言っていいもので、かつてのイギリスのダスティ・スプリングフィールドの歌で有名な曲ばかりを特集しました。オリジナルでは明るいポップの曲などを思いっきり切なく解釈したり、シンプルな編曲でまとめた名盤です。
例えば、ダスティが歌った後エルヴィス・プレスリーのヴァージョンが更に有名になったこれ……
You Don't Have to Say You Love Me - Shelby Lynne
そしてやはりアラバマ州のシンガー・ソングライター、ドニー・フリッツが作ったこれ…
Shelby Lynne: Breakfast In Bed
そのアルバムからまた10年以上が経ちました。最近シェルビーは自分のレーベルを設立して新しいアルバムを細々と出してはいますが、ぼくが気づかずにいた最新作『Shelby Lynne』から最後に1曲紹介します。
Shelby Lynne - Here I Am
現在フリーのブロードキャスターとして活動、「バラカン・ビート」(インターFM)、「ウィークエンド・サンシャイン」(NHK-FM)、「ライフスタイル・ミュージアム」(東京FM)、「ジャパノロジー・プラス」(NHK BS1)などを担当。
著書に『ロックの英詞を読む〜世界を変える歌』(集英社インターナショナル)、『ラジオのこちら側』(岩波新書)『わが青春のサウンドトラック』(光文社文庫)、『ピーター・バラカン音楽日記』(集英社インターナショナル)、『魂(ソウル)のゆくえ』(アルテスパブリッシング)、『ぼくが愛するロック 名盤240』(講談社+α文庫)、『ロックの英詞を読む』(集英社インターナショナル)、『猿はマンキ、お金はマニ』(NHK出版)などがある。
2014年から小規模の都市型音楽フェスティヴァルLive Magic(https://www.livemagic.jp/ )のキュレイターを務める。