エイミ・ワインハウス Amy Winehouse
2020.09.03
エイミ・ワインハウスが27歳で亡くなってからもう9年が経ちました。21世紀の新しい女性ヴォーカリストでダントツ衝撃的だった彼女のことを描いた2015年の優れたドキュメンタリー映画『Amy』(8/28からネットフリックスで視聴可能)の字幕の監修をぼくが担当しましたが、その時に関係者から、海外に比べたら日本での人気が今一つと聞いて驚いたのを覚えています。おそらくタトゥーが多かったり、ドラッグとアルコールのスキャンダラスな話題があったからかも知れません。でも、この映画を観れば彼女が本当はごく普通の女の子だったことがよく分かります。だめな男に恋をしてしまったこと、そして歯に衣を着せぬところがある彼女に、必要なときにためになるアドヴァイスができる人物が傍にいなかったことが災いしたのだと思います。
1983年にロンドンで生まれた彼女の親戚にジャズ・ミュージシャンが何人かいて、子供の頃からジャズが自然と耳に入ったことが彼女にかなり影響を及ぼしました。14歳からギターを習い、曲も作り始めました。17歳のときには、全国青少年ジャズ・オーケストラでヴォーカリストとして参加し、最初のソロ・アルバム『Frank』を20歳で出しました。かなりジャズ寄りの内容だったこのアルバムは2003年には20歳の女性のデビュー・アルバムとして非常に珍しく、歌自体も彼女のソングライティングも評価は高かったし、売れ行きもよかったです。
Stronger Than Me (2003)
主に自作を歌うエイミが2004年のテレビ番組に出たときのビートルズのカヴァーもいい!
All My Loving (2004)
続く2作目のアルバム『Back To Black』は2006年に発売され、その第一弾シングル「Rehab」は大ヒットしました。
Rehab
実はぼくが初めてエイミ・ワインハウスを知ったのは友人からの推薦で聞いたこの「Rehab」がきっかけでした。この独特のカッコよさに一発でやられました。「周りからリハビリに通いなさいといわれている、そんなのご免だよ。そんな暇があるならレイと過ごす方がよっぽどためになる」。レイとはレイ・チャールズのことで、すでに亡くなっていた伝説のソウル・シンガーに憧れる彼女はまさに21世紀にぴったりのソウル・サウンドを作り上げていました。
なぜリハビリかということを当時知らず、特に気に留めていませんでした。しかし、ドキュメンタリーを見てからは、「Rehab」のカッコよさにやられた自分と同じような多くの人が当時のエイミを助けるために何かをすべきだったことを痛感しました。恋人だっただめな男にふられてどん底に陥っていたエイミは彼の影響でやり始めたドラッグとアルコールに溺れ、絶望的な気持ちで作ったのが『Back To Black』の収録曲でした。名曲揃いで、サウンドもかっこよく、『Frank』より更に大きく注目されました。
You Know I’m No Good
Back To Black
『Frank』の時と比べて痩せて、急にタトゥーが現れたエイミは音楽的にもイメージが変わったし、ライヴでも酔っていることが分かる時があり、曲の間の話が支離滅裂になったり、歌は素晴らしいですが、問題があることは明らかです。
Love Is A Losing Game (live)
You Know I’m No Good (live)
Tears Dry On Their Own (live)
Rehab (live)
アルバムは超話題作でしたし、グラミー賞をはじめいくつもの賞を受賞したので、一般メディアからも注目されたエイミはパパラッチから容赦なく追っかけ回されるようになりました。それ以降の悲劇は『Amy』でぜひご覧になってください。
エイミが Tony Bennettのデュエットのアルバムに参加することになりました。才能があるのに自信のない彼女のスタジオでのやり取りも『Amy』で観られますが、最終的なできは文句なしでした。
Body And Soul
この曲が入っているアルバムの発売はエイミが亡くなった後でした。
残念ながら『Back To Black』の後に再びだめな男とよりを戻し、どんどん状況が悪くなりました。3作目のアルバムに向けて少し録音を始めていましたが、完成しないままでした。亡くなった後に発表された『Lioness』は寄せ集めなのですが、中にはとてもいい曲があります。これは60年代の初頭にガール・グループのShirellesが歌った若きキャロル・キングの曲のカヴァーです。強そうで派手なイメージのエイミも、きっと心の中にはこんなところがあったのでしょう。
Will You Still Love Me Tomorrow
現在フリーのブロードキャスターとして活動、「バラカン・ビート」(インターFM)、「ウィークエンド・サンシャイン」(NHK-FM)、「ライフスタイル・ミュージアム」(東京FM)、「ジャパノロジー・プラス」(NHK BS1)などを担当。
著書に『ロックの英詞を読む〜世界を変える歌』(集英社インターナショナル)、『ラジオのこちら側』(岩波新書)『わが青春のサウンドトラック』(光文社文庫)、『ピーター・バラカン音楽日記』(集英社インターナショナル)、『魂(ソウル)のゆくえ』(アルテスパブリッシング)、『ぼくが愛するロック 名盤240』(講談社+α文庫)、『ロックの英詞を読む』(集英社インターナショナル)、『猿はマンキ、お金はマニ』(NHK出版)などがある。
2014年から小規模の都市型音楽フェスティヴァルLive Magic(https://www.livemagic.jp/ )のキュレイターを務める。