ベティ・ラヴェット Bettye LaVette
2020.10.22
ぼくが最近出した本『Taking Stock ぼくがどうしても手放せない21世紀の愛聴盤』のDJイヴェントを先日行いました。トークが終わった後、その店のバー・スペースでしばらくDJをしていましたが、そこにDoubleの山下浩二さんが若いスタッフを連れてわざわざ寄ってくれました。その時にぼくがかけたある曲に若い女性が興味を持って、歌っているのは誰?と尋ねてきました。それはベティ・ラヴェットでした。一度聞けば二度と忘れない声の彼女は現在74歳で、デビューしたのは16歳だった1962年なのでとても長いキャリアですが、すごい才能にもかかわらず残念ながらあまりヒット曲に恵まれず、知る人ぞ知る存在でした。ぼくも正直なところ、自分が注目しているプロデューサーのジョー・ヘンリーが手がけた彼女の2005年のアルバム「I’ve Got My Own Hell To Raise」でベティのことを初めて知りました。当時の彼女は60に差しかかっていたのです。
真っ先に衝撃を受けるのはドスの聞いた声そのもの。そして歌詞の伝え方です。彼女はほとんど自分で作詞することはなく、色々な人の曲を取り上げるのですが、メロディを大きく変えるし、どの曲も自分の体験のように歌うので自作に思えてしまいます。ジャンルへのこだわりは一切なく、歌詞さえ自分の感性に響けばいい人なのですが、納得しない曲は一切歌わないのでそうとうプロデューサー泣かせらしいです。
その後いくつかテーマに沿った選曲のアルバムがあり、ぼくが特に好きなのを紹介します。
まず、2010年に出た『Interpretations: The British Rock Songbook』。60-70年代の有名な曲が多いですが、やはりその解釈はあくまでベティ流です。例えば、ムーディ・ブルーズの「Nights In White Satin」、作者のジャスティン・ヘイワードがベティのヴァージョンを聞いた時、自分が作ったこの曲の意味を初めて理解したとコメントしたそうです。
Nights In White Satin
ビートルズの曲、そしてメンバーのソロの曲も取り上げています。その中でとりわけ印象的だったのはリンゴ・スターが歌ったIt Don’t Come Easyです。ブルーズを歌う人はそれなりの人生経験を積まないと説得力が出ない、という歌詞です。リンゴ本人が歌うと極めてイージーな感じに聞こえ、面白いと思ったことはなかった曲ですが、ベティのヴァージョンは凄まじくいい!
It Don’t Come Easy
他にもジョージ・ハリスンの「Isn’t It A Pity」も、元々いい曲ですが、ベティのヴァージョンをジョージにも聞かせたいと思ってしまいます。
Isn’t It A Pity
このアルバムを作るきっかけとなったのはベティがKennedy Center Honorsというイヴェントに出演したことでした。そのイヴェントの趣旨はThe Whoの音楽を讃えることでした。一つのバンドをバックに色々な歌手たちが次々と登場し、ザ・フーのピート・タウンゼンドとロジャー・ドールトリーが2階席で見る前で歌います。ベティが歌ったのは『Quadrophenia(四重人格)』の中の「Love Reign O’er Me」(Quadropheniaを映画化した「さらば青春の光」の衝撃のラスト・シーンで流れます)。それを聞いているピートとロジャーの感激は、ヴィデオを見るとありありと伝わります。因みにこのヴィデオでギターを弾いているのはぼくの弟です。
Love Reign O’er Me
そのアルバムを出した頃に、アメリカの全国公共ラジオ・ネットワーク(NPR) の本部で頻繁に行われている小規模ライヴ企画「Tiny Desk Concert」にもベティが出演しています。
2018年にはボブ・ディランの曲を特集した『Things Have Changed』というアルバムを発表しました。ディラン自身はライヴでお客さんがよく知っているはずの曲を歌う時、歌詞を注意深く聞かなければどの曲を歌っているか分からないほどメロディも編曲も変えるのは有名な話です。でも、ベティのこのアルバムをディランが聞けば彼もびっくりするかも知れません。タイトル曲はこちら。
Things Have Changed
そしてもう1曲ディランの初期のフォーク時代にジョーン・バエズなども歌っていた曲、「Mama, You Been On My Mind」。
Mama, You Been On My Mind
発売が延期になっていた新作『Blackbirds』は今年の8月に発表されました。タイトル曲になるのはPaul McCartneyが作った「Blackbird」。人種差別を受ける黒人への応援の曲と言われる「Blackbird」は2010年に行われたビートルズへのトリビュート・コンサートに出演した時にベティが初めて歌ったそうです。彼女はポールと違って一人称で歌うのが印象的です。今回のアルバムの録音はしばらく前だったようですが、このライヴも2017年です。
Blackbirds
このアルバムでは色々な黒人の女性歌手が過去に歌っていた曲をベティ自身の選曲で取り上げています。もう一つ伝説の歌、黒人のリンチをテーマにしたショッキングな作品で、ビリー・ホリデイの歌で有名な「Strange Fruit」は音だけで紹介します。
Strange Fruit
最後に、2016年にロンドンの老舗のジャズ・クラブ、Ronnie Scott’s に出演したベティのライヴをまるごと見ていただきます。
声、歌う時の迫力、そして74歳ではちょっと考えられないすらっとしたカッコよさ。すべてにおいて若い頃よりも今こそ大きな注目に値する歌手だと思います。
現在フリーのブロードキャスターとして活動、「バラカン・ビート」(インターFM)、「ウィークエンド・サンシャイン」(NHK-FM)、「ライフスタイル・ミュージアム」(東京FM)、「ジャパノロジー・プラス」(NHK BS1)などを担当。
著書に『ロックの英詞を読む〜世界を変える歌』(集英社インターナショナル)、『ラジオのこちら側』(岩波新書)『わが青春のサウンドトラック』(光文社文庫)、『ピーター・バラカン音楽日記』(集英社インターナショナル)、『魂(ソウル)のゆくえ』(アルテスパブリッシング)、『ぼくが愛するロック 名盤240』(講談社+α文庫)、『ロックの英詞を読む』(集英社インターナショナル)、『猿はマンキ、お金はマニ』(NHK出版)などがある。
2014年から小規模の都市型音楽フェスティヴァルLive Magic(https://www.livemagic.jp/ )のキュレイターを務める。