エピデミック下の映画祭
2020.06.24
オーバーハウゼン国際短編映画祭
前回の記事で、新型コロナ・エピデミックによって世界中の映画祭が中止や延期を余儀なくされていることを書きました。世界最大の規模と注目度を誇るカンヌ映画祭も、本年は中止となっています。一方でオンライン開催を決行した国際映画祭も。ちょうどこの緊急事態宣言中、世界最大規模で最古の短編映画祭、オーバーハウゼン国際短編映画祭がオンライン開催していたので東京の自宅から参加してみました。
*家からの眺め。
オーバーハウゼン短編映画祭は、今年で66回目という伝統あるドイツの映画祭。「短編映画」と聞いても馴染みのない人が多いかと思います。一般的な映画は、大きな資本を投下して完成した作品を上映したりソフト化したりすることで得られる収入を見込んで製作されますが、短編映画は、基本的にそうした商業性を目的としません。日本ではあまり馴染みがないかもしれませんが、特にヨーロッパでは公共的な助成や、公共放送の製作支援・製作委嘱が盛んに行われていることもあり、短編映画は伝統的に作られています。商業的なリスクをそれほど気にせずに、より個人的な作家性・芸術性の高い作品を追求できる可能性がある短編映画は、若い才能が己の才能をアピールする場ともなっています。キャリアの無い若手の映画作家が、短編映画で評価されたのちに長編映画にデビューするということが多くあります。
オーバーハウゼンは、戦後ドイツの新しい映画作家たちが1960年代に「ニュー・ジャーマン・シネマ」として登場する場にもなりました。そのような伝統ある映画祭なのですが、私は一度もこの映画祭にリアルで参加したことがありません。なので、この映画祭のリアル開催とオンライン開催での経験を比較して書くことはできないのですが、「オンライン映画祭」なるもの、私も初めての参加だったのですが、いったいどんな感じだったのか書いてみたいと思います。
オンライン映画祭:その参加方法
「オンライン映画祭」って何?と思われるかもしれませんが、基本的には映画祭で上映される作品が、すべてオンライン配信で観られる映画祭サイトです。通常の映画祭では上映のタイムテーブルがあって、それぞれの映画が何時にどの劇場で上映されるかが決まっているのですが、この映画祭の場合は、決まった時間になると作品がアップされてストリーミング視聴が可能になり、48時間過ぎるとその作品が観られなくなるという方式でした。そのタイムテープルに従って期間中に観たい作品を選んで観ていくというわけです。大雑把に言うと、NETFLIXやAmazon Primeみたいなチャンネルが、期間限定(今年のオーバーハウゼンは5月13日から18日の間でした)でオンライン上に登場するという感じです。
オンラインの最大のメリットは、現地に足を運ばなくともその映画祭の上映プログラムがすべて観られてしまうところです。オーバーハウゼン短編映画祭は誰でも参加可能なので、登録費9.99ユーロ(1200円くらい)を払えば、350本ほどある上映作品のすべてが観られます。上記でNETFLIXやAmazon Primeなどのサブスクリプション・チャンネルを引き合いに出しましたが、少し違うのは作品を視聴後に監督の質疑応答が付くところです。通常、映画祭には監督が来場して観客や映画祭側の人と上映後に、作品について直接議論する時間があり、それが映画祭の面白みの一つなのですが、オンラインでもそれを踏襲。この質疑応答はライブで行われる場合もあれば、収録の場合もあるようでした。
*参加したことは無いけど何故か持っている映画祭公式トートバッグ
“オンライン映画祭に参加してみて”:良いところ・物足りないところ
約1週間あまりオンライン上映された映画を観ていたのですが、自宅で世界の最新の作品が観られるという便利さと、興味のある作品を好きな時間にクリックして観る快適さは、今さら説明不要でしょうが、もう言いようがありません。
一方で、やはりオンライン上映と映画上映は決定的に違うと思いました。まず家やオフィスで、映画館でのように腰を落ち着けてじっくり作品を観ることはほぼ不可能です。電話がかかってきたり、話しかけられたり、トイレに行きたくなったり……。よっぽど「作品に集中する」環境を準備しない限り、途中で止めたり注意が逸れたりすることがままあり、画面との対峙度(そんな言葉があるのか分かりませんが……)が大きく違います。最大の誘惑である「早送りボタン」と「停止」ボタンの存在も、作品鑑賞の姿勢を大きく変えてしまいます。限られた時間の中、より多くの作品をチェックしたい私は、上映中の作品を途中で止めて、次の作品に移行してしまうことも度々……。現実の劇場でも途中で退出することは可能ですが、リアルな上映では「こんな作品観ていられないぜ!」という「意志表明感」が凄くありますし、出てしまうと次の作品を観るまで時間を持て余したりして面倒です。オンラインの場合、簡単にカチカチと「つまみ食い」して、いろいろな作品を観た気になれます。果たしてそれで本当に作品を「観た」ことになるのか…。
短編映画祭の場合、短い作品を90分前後にまとめて、一つの上映プログラムとしてパッケージされたものを観るのですが、この作品の並びや、順序が見る際の楽しみだったり、映画祭プログラマーの腕の見せ所だったりします(ある意味DJみたいなもんです)。一応オーバーハウゼンの上映プログラムも、5〜6本ずつにプログラムされているのですが、オンラインではもちろんそんな順序など無視して観たいものから観てしまうことになります。つまり自分の興味に引っかからないものは全く観ることはありません。本当はそうしたものこそに未知の出会いがあり、それが映画祭の魅力の一つなのですが……。
一人で映画を観るのも全然面白くないですね。上映後に知り合いに出くわして感想を述べ合ったり、オススメ作品を聴くのもまた楽しみの一つです。毎年行く映画祭では、だいたい顔なじみの常連参加者がいて、私には「この人のオススメは信用できる」という知り合いが何人かいます。映画の上映の合間には、会場を見回してこうした知った顔を探して、その人たちがオススメする作品を聞き出して参考にすることが、効率的で楽しい映画祭ライフの秘訣です。人によってはこちらの好みを既に知っていて「お前はこの作品、絶対観ておいた方がいい」なんて言ってくれる人がいます。こうした人たちと話すことで揉まれ、自分の映画を観る目が養われていくということも大いにあります。
オンライン上映は、利便性や経済性など非常に大きな利点もありますが、上で述べたような物足りないと感じたことをクリアにしてくれるツールが、オンライン上映でもこれから生まれてくるのでしょうか。家でカチカチやりながら、そのようなことを考えておりました。