フィリピン、エキスペリメンタルが熱い
2019.06.14
フィリピン、エキスペリメンタルが熱い
さて、すでにこのコラムは4回目を迎えるわけですが、そもそも私がなぜこんなに世界の映画祭に出かけて行っているのか…? そんな説明を全くしていないことに今更気づきました。改めてちょっと自己紹介をしておきたいと思います。
私は東京・渋谷にある映画館、シアター・イメージフォーラムで上映する作品を決める番組編成という仕事をしています。シアター・イメージフォーラムは、ハリウッドの超大作や有名俳優出演の話題作だとかを上映するシネコンとは違い、館ならではの独自セレクトにこだわる、いわゆるミニシアター系と呼ばれる映画館です。全国一斉に何百館で同時に公開される映画ではなく、多くは当館(あるいは多くて同時に2、3館)のみで公開されるような映画を上映しています。
そうした作品であっても、お客さんが来ない映画をやるわけにはいかないので、世界ではまだそれほど注目されてはいないけどヒットの可能性を秘めた(そんな作品はそうそう無いのですが)ダイヤの原石のような作品を求めて、世界に先駆け新作が上映される映画祭にせっせと足を運んでいるというわけです。
それに加え、私の働いているイメージフォーラムでは、もう一つ活動していることがあります。それは個人が表現として制作する映像作品を配給・上映することです。それは絵画や彫刻といった美術作品(あるいは詩や純文学のような文学作品)を作るのに近い感覚のものです。そうした映像作品は個人映画、実験映画、パーソナル・フィルム、映像アートとか様々な呼び方があります。海外ではエキスペリメンタル・フィルムと呼ばれており、あまり知られていませんが、世界各地の映画祭や美術館で上映・展示されています。
イメージフォーラムは、実はこの活動を中心に立ち上がった組織であり、遡れば1970年代の頭から、そのような作品を上映してきた歴史があります。そんな活動を40年以上行ってきた日本唯一の組織として、自分で働いていても驚くほど世界的に有名です。渋谷の我々のオフィスにも、保存している作品を観たいとか、資料が欲しいなどといって世界中から色々な人が訪問してきます。
そうした組織の代表として来てくれないかと海外の映画祭や美術館から声がかかる場合も多いのです。日本ではまだまだ存在が知られていないエキスペリメンタル・フィルムですが、国際映画祭では一つの部門をなしたり、エキスペリメンタル専門の映画祭が世界中にあったりします。
前置きが長くなってしまいましたが、そうしたわけで3月にエキスペリメンタル・フィルムを上映し解説するため、フィリピンのケソン市(首都マニラに隣接)に呼ばれて行ってきました。今回は国際交流基金アジアセンターの上映者育成プログラム「ワーキングタイトル」の一環として企画されたイベント。フィリピン大学の巨大な講堂で、日本の実験映画のいわゆる古典とされる1970年代の作品を1000名近くの観客の前で上映してきました。
灼熱の陽光降り注ぐフィリピン大学キャンパスの庭
実験映画の上映に1000人を超えるお客さんが来た
こうした実験映画、エキスペリメンタル・フィルムは、私自身がすごく刺激的でエキサイティングな作品だと感じるものでも、初めて接した人は「…?」と消化不良になったり、やたら真面目で難解なものに感じたり、刺激的すぎると感じたりすることが多くあります。 今回私が持っていったプログラムも、物語性があまり無い抽象的な作品が多く、どうなるだろうかとお客さんの反応が気になってはいました。客席はほぼティーンエイジャー…。
超小型映画館=「マイクロシネマ」についてのシンポジウムも行われた
しかし、その反応があまりにも意外で驚いてしまいました。画面が切り替わるたびにワーキャーと歓声が上がり、ミニマルなノイズ的作品にも手拍子が起こります。冷やかしでやっているのかというとそういうわけではなく、最後まで多くのお客さんが座ってそれなりに楽しんでいるようなのです。友達同士で会話したりしながら……。
通常の感覚でいうと映画の上映中にうるさくするのはご法度なのですが、映画を見る時の態度や感じ方を堅苦しく限定して考えてしまうのも逆に良く無いなあ、いろんな映画の楽しみ方があって良いはずだと、上映が終わってみてなぜか心が広くなった気持ちがしました。映画の作品だけではなく、観客の文化というものも確かにあります。 同じ催しでフィリピンの若手実験映画の上映が別会場で行われたのですが、そこでも客席に溢れるくらいの来場者で、上映後の質疑応答も活発。フィリピンではエキスペリメンタル・フィルムへの興味がすごく高いという状況を目の当たりにし、心強い気持ちになりました。そこで上映されていた作品も、作家各自の映像表現の発想を、果敢に追求しているものばかり。フィリピンのエキスペリメンタル映画シーンの成熟ぶりを窺い知ることができたのでした。
砂糖をどれだけ入れろというのか?ホテルのコーヒー
映画の観客について考えるということで言えば、観客として安全地帯から作品を単純に楽しむことを許さない挑発的なアーティスト、クリストフ・シュリンゲンジーフの映画作品を特集上映します。彼の初期B級映画から後期パフォーマンス・アートの記録を網羅的に上映するのは今までほぼなかった試みです。昨年の我々の映画祭イメージフォーラム・フェスティバルで特集したところ、連日満席の好評をいただいたので、改めて6月15日より3週間にわたって上映します。なかなか普段とは違った映画体験ができると思いますので、是非ご覧ください。まずは2002年の作品『外国人よ、出て行け!』からご覧になってみるのがオススメです。
*イメージフォーラム上映情報
クリストフ・シュリンゲンジーフ リターンズ!!
『ドイツチェーンソー 大量虐殺』や『ユナイテッド・トラッシュ』などで、日本ではカルト映画監督として名が知られているクリストフ・シュリンゲンジーフ。8歳にして8ミリカメラを手にし、カルト映画作家としてのフィルモグラフィーを築いた彼は、やがて演劇やテレビ番組制作そして社会的アート・プロジェクト、または社会的弱者のための政党結成など活動を大きく広げていった。アフリカでのオペラハウス建築を計画中の2010年、惜しくもこの世を去ってしまったシュリンゲンジーフ。制作途中だった2011年のヴェネチア・ビエンナーレ展示作品は、その年の金獅子賞を受賞。日本未公開の映像作品や、彼のパフォーマンス、TVショーなど、シュリンゲンジーフの幅広い活動を横断的に上映する。 昨年話題となったイメージフォーラム・フェスティバル2018での特集上映「挑発する生 クリストフ・シュリンゲンジーフ」時のセレクションに加え、日本公開作品『ユナイテッド・トラッシュ』も上映。
企画・配給:シアター・イメージフォーラム (ダゲレオ出版)
協力:ゲーテ・インスティトゥート東京
上映作品(9作品)
『アドルフ・ヒトラー100年―防空壕での総統の最後のひととき』
地下壕でのヒトラー最期の数時間を描く、暗闇の狂騒。 第二次大戦から残る実際の塹壕を使用し、完全な暗闇の中16時間ぶっ通しで撮影された本作では、撮影が終わるまで俳優陣、スタッフともに外に出ることが一切許されなかった。真っ暗闇の中、監督が手に持つ懐中電灯だけが第三帝国崩壊時のカオスを照らし出す。短編作品『エリーゼのために』(2分/1982)を併映。
クリストフ・シュリンゲンジーフ/出演:ウド・キア(ヒトラー)、アルフレッド・エデル(ゲーリング)、ディートリヒ・クールブロート(ゲッベルス)、ブリギット・カウシュ(エヴァ・ブラウン)他/16ミリ(デジタル版上映)/55分/1989(ドイツ)
『ドイツチェーンソー大量虐殺』
“彼らは友人として来訪し、ソーセージになった……”。シュリンゲンジーフの東西ドイツ統一に対する回答。 1989年11月、東西ドイツの国境が開放され、多くの東ドイツ人が西ドイツへと流入した。しかし、彼らの4%は旅半ばで行方不明となっていた……。トラッシュ・ホラーの体裁をとりながら、自由経済社会を肉市場に見立てて1990年の東西ドイツ統一への強烈な皮肉とした、シュリンゲンジーフの出世作。今回にあわせてHDデジタルリマスター版を上映。
クリストフ・シュリンゲンジーフ/出演:カリーナ・ファレンシュタイン、ズザンネ・ブレデヘフト他/16ミリ(デジタル版上映)/60分/1990(ドイツ)
『テロ2000年 集中治療室』
「ドイツ3部作」、邪悪・変態での集大成。 「ポーランド野郎を殺せ」。家具店のオーナーと司祭に扮したネオナチ二人組が、住民を組織し外国人移民を抹殺、民族浄化を目指す。そこへ難民殺害事件を捜査中の狂った刑事二人がやってきて、大騒動へと発展する……。現在のヘイト社会の戯画としても有効な“政治的に全く正しくない”バイオレンス抗争劇。『アドルフ・ヒトラー』、『ドイツチェーンソー大量虐殺』に続くシュリンゲンジーフ「ドイツ3部作」最終章。HDデジタルリマスター版上映。
クリストフ・シュリンゲンジーフ/共同脚本:オスカー・レーラー/出演:マルギット・カルステンセン、ペーター・カーン他/35ミリ(デジタル版上映)/60分/1990(ドイツ)
『ユナイテッド・トラッシュ』
バッドテイストの巨匠シュリンゲンジーフ、アフリカへ。 ジンバブウエに派遣されたドイツ国連軍総司令官ブレナー(ウド・キアー)の妻マルタ(キトゥン・ナティヴィダッド)が処女にして懐胎、生まれて来たのは黒い肌の小人だった。救世主に祭り上げられたその子供を、現地の独裁者はアメリカのホワイトハウスに打ち込むための人間爆弾に仕立て上げようとする……。ゴミと愛と憎しみと「政治的に正しい」人たちの生き残りと、TVニュースと太鼓と叫びを混ぜ合わせ、リーフェンシュタール風味を少々ふりかけて作り上げたミュージカル。HDデジタルリマスター版上映。
クリストフ・シュリンゲンジーフ/共同脚本:オスカー・レーラー/出演:ウド・キアー、キトゥン・ナティヴィダッド、トーマス・チブウェ他/35ミリ(デジタル版上映)/77分/1995・96(ドイツ)
『ボトロップの120日』
ドイツ映画の破壊と再生を試みる、日本未公開劇映画作品。 ファスビンダー映画の常連俳優の生き残りたちが、“最後のニュージャーマン・シネマ作品”を制作するため再結集。パゾリーニの『ソドムの120日』のリメイクをするというのだ。しかし監督のシュリンゲンジーフは降板させられ、資金繰りに困ったプロデューサーはハリウッドにエージェントを送り込む……。
クリストフ・シュリンゲンジーフ/出演:マルギット・カルステンセン、イルム・ヘルマン、フォルカー・シュペングラー、ヘルムート・バーガー他/16ミリ(デジタル版上映)/60分/1997(ドイツ)
『フリークスター3000』
“普通”とは何か? 通常の常識を超えた最強のスター誕生。 知的障害者・身体障害者の参加者たちが、厳しい審査の末に、バンド“ネジを探す母”のメンバー7名に選抜されるまでを追ったスター誕生ショー。本作はドイツの若者向けチャンネルVIVAの最大人気となったテレビ番組の映画版である。これは“やらせ”それとも“ドキュメンタリー”?“社会的弱者の参加”か、“アートの名の下に行われる搾取”なのか? 『友よ!友よ!友よ!』 アレクサンダー・グラセック+シュテファン・コリント/出演:クリストフ・シュリンゲンジーフ、花代他/デジタル/73分/1997年 ジャンキー、ホームレス、売春婦、障害者……。普段社会からのけものにされている人々を巻き込んで展開する、シュリンゲンジーフが行なったパフォーマンスの記録。 ハンブルク・ドイツ劇場の制作委嘱を受けたシュレンゲンジーフは、劇場の舞台から飛び出し、麻薬常習者や売春婦、ホームレスの住処となっていたハンブルク中央駅前にある建物を彼らのために開放し、7日間行動をともにする。報道陣や警察、救世軍の人々を巻き込み、街頭デモや公開討議、茶会や社会科見学などが行われた様子のドキュメント。
クリストフ・シュリンゲンジーフ/出演:アヒム・フォン・パチェンスキー、イルム・ヘルマン他/デジタル/75分/2003(ドイツ)
『外国人よ、出て行け!』
メディア、市民が激怒!激しい論争を巻き起こした伝説的アクションの記録。 ある日、ウィーン歌劇場前にコンテナがいくつも設置される。そこには12人の難民申請者が入れられ、監視カメラで内部の映像が24時間ウェブ上に流される。毎晩ウェブ投票が行われ、視聴者の決めた2名が、コンテナから出され国外追放となる。最後に残った1名のみが、晴れてオーストリアの滞在許可を得られるのだ。反移民の極右政党が政権入りを果たした2000年のオーストリアを舞台に、シュリンゲンジーフが行った社会的パフォーマンス/アート・テロリズムの記録。
パウル・ポエット/出演:クリストフ・シュリンゲンジーフ他/デジタル/90分/2002(ドイツ+オーストリア)
『U3000』
「エピソード2 ヨーゼフ・ボイス+インド (35分/2000年)」「エピソード7 アフリカ(29分/2001年)」
運行している最中のベルリン地下鉄7番線を舞台に放送された反=テレビ番組シリーズ。 映画や舞台、アートのアクションへと活動を広げていたシュリンゲンジーフは政党を結成、テレビ出演も多々行い、ドイツの文化的言説に影響を与える中心人物の一人となっていた。テレビ番組というフォーマットを借りて、既存のテレビ概念を内部から破壊しようと試みたシュリンゲンジーフによるTVシリーズ。2000年から2001年にかけて放映され大きな話題を呼んだ。
クリストフ・シュリンゲンジーフ/デジタル/計64分/2000−2001
日時/会場
2019年6/15(土)〜7/5(金)
会場:シアター・イメージフォーラム
全席指定/オンライン予約制
渋谷駅より8分宮益坂上り次の信号スターバックス右手入る
tel.03-5766-0114
www.imageforum.co.jp
一般:1500円/学生・シニア・会員1100円 リピーター割引:窓口にて半券提示のお客様は
*性的・暴力的に過激な内容が含まれるため、18歳未満の方の入場をお断りいたします。