鳥羽 ところで、松井さんのインタビュー記事を読ませていただいたのですが、最初はご両親から譲り受けたカメラをいじられていたんですよね。そしてライカに……。要はライカにふれたときに「あれ? 何か違うぞ」って気づくか気づかないかが大事ですよね。
Izaki 最初はソニーだったんだよね。
松井文(以下、松井)そうです、ずっとソニーを使っていて。
鳥羽 普通はいきなりライカの値段言われたら触れないですよ(笑)。
Izaki まぁ、確かに触りにくいね。
松井 コンテジ(コンパクトデジタルカメラ)のときからずっとソニーで、とにかく数字と性能重視だったんですけど、ライカを触ったら何から何まで違っていました。
Izaki 基準が違うよね、まず。
鳥羽 性能で競っていないですからね、ライカは。
Izaki スペックを並べられると負けていますからね。ある意味完敗。
松井 でも、むしろスペックじゃないというのが衝撃で。「こんなカメラがあるんだ!」って一気にライカに引き込まれました。
Izaki あとは……カメラの性能や特性はもちろんだけど、海外に行っても、このライカのフォルムを見ただけで、人が撮らせてくれる率が上がるよね。
松井 本当にそうですよね。
鳥羽 日本以上に、海外はそうなんでしょうね。
松井 そうなんです。みんな拒まないし、笑ってくれる。むしろ「撮って! 撮って!」って感じなんです。海外に行くと私は子どもに見えるみたいで「子どもがライカ持っててすごいね」っていう雰囲気になるんです。
鳥羽 僕が近寄っていったら「ちょっと……」っていう感じになるかもしれませんが、松井さんならみんなウエルカムですよね。だから、松井さんの写真は被写体との距離感を感じさせない。
Izaki そうそう、そうなんだよ、ライカってそういうもの。僕がイタリアで写真展をやれたきっかけも、まさにこのカメラのチカラなんです。割愛しますが、すべては、イタリアのレストランでたまたま隣り合わせになったファッション界のドンみたいなおっちゃんと、僕がテーブルに置いたライカに始まります。「なんだそれ。おまえ、ちょっとそれで俺を撮れよ」ってなって。その人、写真嫌いで有名だったらしいんだけど、ソファに座った写真を撮らせてくれたんです。それが広がって……。
松井 そういうミラクルがライカにはあるんですよね。これがライカじゃなかったらそんな話にはならなかったわけで。
鳥羽 ライカって、カメラマンさんが撮れない写真を撮れるってことですよね。
Izaki そういうことです! 僕らもサイトなんかでは「カメラマンです」「写真家です」「フォトグラファーです」って言っている人の写真は欲しくなくて。逆に「料理人です」「画家です」っていうような畑違いの人たちがライカで何を撮るのか!? に興味があるんです。
小松 聞いていて思ったんですけど、ひとつの情報であり僕らにとっては商品のようなヘアカタログ。それを撮影するために、全国の美容師さんは、それこそキャノンやニコンのいちばんいいやつを持っていて。うちなんて、100万円以上かけたセットもあります。でも、そこまでいくと、誰でもある程度の写真が撮れるようになり、だんだん写真に味がなくなってくる。日本のカメラはみんな優秀ですしね。もちろん、素敵に撮れるかどうかは力量ですけど。でも、そんなヘアカタログでさえ、僕はずっとポートレートっていうのが基本だと思っているんですよ。ヘアより人をどう撮るかにこだわりたい。ただ、商業的になかなか難しい部分ではあるのですが。僕らの世界の写真の撮り方も、何か考えてみる必要があるんじゃないかと思います。
Izaki やっぱりね、世の中を変えたのはコイツ。スマホですよ。すべてがイージーにこれに入っていてキレイに撮れる。でも、これが出る前と今だったら、写真と接する機会っていうのは何万倍も増えているわけじゃないですか! 朝から何百枚も写真を見るでしょ? みんな。そんなことなんて考えられなかったですよ。
小松 10年前には想像もしなかった世界。
鳥羽 あのころは、本か雑誌でしたよね。
Izaki しかも、プロのカメラマンが撮っている写真じゃなくて、一般の人が撮っている写真を見る。コレ、すごく変わったことですよね。その中の98%くらいは同じ条件、同じカメラで撮っている。だからこそなのかもしれませんが、この前もインスタグラムの創設者と話したときに「ライカで撮ったのを見たいんだよね」「ライカだと何が違うのか知りたいんだ」って言われました。わずか2%の人がライカで撮ったもの、スクロールして見ているときに「あ、なんだこれは!?」って、ピタッとそこで手が止まるか……。
まだ、カメラがアナログだったころ、フィルムの現像が上がるまでは本当に写っているのかもわからない、そんな計り知れないドキドキ感があった。そして今、正真正銘のデジタル時代となっても、そのころの体感ができるようなカメラをわざわざライカがつくっているのだ。
Izaki ホント、昔は海外に撮影に行くってリスキーだったし大変でした。X線を通してフィルムが真っ白になっちゃいましたとかってありましたよね。でも、今は撮影したものがその場で見られて、ネットで飛ばして、クラウドにあげればOK。そうなってくると垣根も低くなりますよね。それって、全然違うジャンルですがDJともよく似ている気がするんです。僕は20年くらい前からDJをやっていますが、昔は曲も今みたいにすぐに調べられないし、あれだけレコードを買って回すことって誰でもできることじゃなかった。でも、今ではみんなコンピューターを触れるし「USBには5万曲入っています!」なんて状況で……。レコードを抱えて現場に行く僕らのとは別モノなんですよね。でも、誰もができるわけではなかったことを、みんなができるようになるって面白いことで、逆にUSBの時代になってもみんなまた7インチのレコードを買いあさる。その理由は特別感なんですよね。USB1本でできることを、7インチのレコードだけをゼロハリ(ゼロハリバートン)とかに入れて持っていき、わざわざやるってことは、ホント誰にでもできることじゃないから。それはライカで写真を撮るっていうことと同じような気がするんです。なぜ、オートでピントが合わない、重たい、“ライカ”を使うかってね……。
第2回へつづく 「作法を必要とするカメラ」