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ファッションに対して
音楽の与える影響力

山下 その中でもファッションに対して音楽の与える影響力って大きかったと思うんです。自分のいる街によって、聞こえてくる音楽が全然違ったもん。原宿は原宿の音、六本木は六本木の音っていうふうに。

小松 そうでしたね、街によってはバナナラマとか、あとソウルドラキュラとかしか聞こえてこなかったもん(笑)。

ピーター ありましたね〜(笑)。

小松 でも、その中でも異彩を放っていたのが新宿の「ツバキハウス」! DJの大貫憲章さんが火曜日の夜「LONDON NITE」(注1)をプロデュースしていて、そこがある意味ロックの聖地だった。僕は、セックス・ピストルズもクラッシュもあそこで知ったんですよね。

山下 僕なんかピストルズが出てきて、一発でロンドンに憧れたもんなぁ。

小松 そのほかにも「インクスティック六本木」とか、ファッションデザイナーの卵とか美容師でも尖っている人たちがそういうところにいっぱい出入りして、カルチャーをつくっていましたよね。

山下 ちょうどそのころ、パンクからレゲエに移り変わって、原宿もドレッドの人がたくさん増えた時期がありましたよね。あれはボブ・マーリーが亡くなったころじゃないかな?

ピーター 80年代初頭ですよね。

小松 そうです。僕らもボブ・マーリーを知ったのは亡くなってからで。スティーヴィー・ワンダーの「マスター ブラスター」という曲の中で「いかしたマーリーがテレビに出ている」っていう歌詞が出てきて、それで存在を知った人は多かったんじゃないかな?

ピーター そうか。ありましたね、そういう曲が確かに。

山下 そのあとエリック・クラプトンもカバーしたりして、当時は、オシャレな人がみんなレゲエとかスカに移っていったときでしたよね。

小松 クラプトンの「アイ・ショット・ザ・シェリフ」ね。

ピーター 僕は、ロンドンから東京に移り住むときに出発前日までロンドンのレコード屋さんで働いていたんだけど(笑)、ちょうどその日にクラプトンの「I shot the sheriff」のシングルが発売されて、そのままそれを買って日本に持ってきたのを覚えていますね。今はもう持っていないけれど(笑)。

小松 あとはスペシャルズとかマッドネスとかね。あのへんの2トーン レコーズ(注2)の人たちのスカっぽい格好ってオシャレだった! 

ピーター うんうん。カッコよかった。

小松 ROBOTのラバーソールとか履いていたもんなぁ!

ピーター それってロンドンのキングズ・ロードのROBOT?

小松 そうです、そうです! 行きましたよー、ROBOT。

山下 僕も、行った!

ピーター 僕も!(笑)

注1)「LONDON NITE」 新宿のニューウエ-ブ系ディスコ「新宿ツバキハウス」で火曜日の夜に、パンクロックやUKロックに造詣が深いDJであり音楽評論家である大貫憲章氏がプロデュースしていたイベント。現在も場所や形態を変えて継続中。当時、「新宿ツバキハウス」ではファッションコンテストやヘアコンテストなどのイベントやライブも行われていた。

注2) 2トーンレコード (2TONE RECORD) 1979年にザ・スペシャルズのジェリー・ダマーズによって興されたイングランドのレコードレーベル。当時のザ・スペシャルズ、ザ・セレクター、ザ・ビート、マッドネスなどのバンドは、1960年代のジャマイカのオリジナルスカを聞いて影響を受けた音楽スタイルだった。これらの音楽ジャンルおよびそれらを取り巻くサブカルチャーは、ほとんどのバンドがレーベル「2トーン・レコーズ」と契約していたため、「2トーン」として知られることとなった。「2トーン」という用語は、ジェリー・ダマーズの造語で2つの意味が込められている。ひとつはスカを愛するルードボーイとスキンヘッズの着ていた白黒の服装、そしてもうひとつは当時の英国労働者階級にあった人種的な緊張の高まりの中においての、黒人と白人同士の調和、協調である。

文中に登場するミュージシャン、etc..

*バナナラマ (Bananarama) イギリスで1981年に結成された女性3人(カレン・ウッドワード、サラ・ダリン、シヴォーン・ファーイ)のポップグループ。日本では1980年代後半のディスコブームと時を同じくしてブレイクし、「マハラジャ」などのディスコではバナナラマの曲がかかると「お立ち台」が満杯になるという現象が起きた。

*ソウルドラキュラ(Soul Dracula ) 1976年に発表された、フランスのスタジオミュージシャンが集まって結成されたHOT BLOOD(ホット・ブラッド)の代表曲。日本で大ヒットし、40万枚以上売り上げ、オリコンチャートでは7位にランクインするなど好成績をおさめた。

*セックス・ピストルズ (Sex Pistols)  1970年代後半のロンドン・パンクムーヴメントを代表するイギリスのバンド。世界のポップミュージックシーンで初めて、自国の王室や政府、大手企業を名指しで攻撃したことでも有名。

*ザ・クラッシュ(The Clash)1976〜86年に活動した、イギリス・ロンドンのパンク・ロックバンド。 *ボブ・マーリー(Bob Marley)ジャマイカのレゲエミュージシャン。ラスタファリ運動の思想を背景とした彼の音楽は数多くの人々に多大な影響を与えた。

*スティーヴィー・ワンダー(Stevie Wonder)アメリカのミュージシャン、作曲家、音楽プロデューサー。歌のほか、さまざまな楽器を演奏するマルチ・インストゥルメンタリストであり、わずか11歳のときにモータウンと契約。「Master Blaster」は、Bob Marley & THE WAILERS が1977年に発表した「 Jammin’ 」を受けてスティーヴィー・ワンダーがアンサーソングとして、大胆にレゲエサウンドを取り上げて発表した名曲。アルバム「 Hotter than July 」に収録されている。

*エリック・クラプトン(Eric Clapton)イギリスのミュージシャン、ギタリスト。1960年代からヤードバーズ、クリームなどのバンドでギタリストとして活動。「エリック・クラプトンは神だ」とロンドン市内に落書きされた。 「アイ・ショット・ザ・シェリフ」は1973年にボブ・マーリーによって紹介されたナンバーで、1974年にカバーし、全米シングルチャートでNo.1ヒットを記録した。

*スペシャルズ(Specials) ジャマイカのオリジナル・スカにパンクのエッセンスを融合したサウンドで、70年代末から80年代初頭に大旋風を巻き起こした白人と黒人の混合バンド。2トーンジャンルの草分け的存在であり、2TONEレーベルの代表的なバンド。

*マッドネス(Madness) 1980年代に活躍したイギリスのスカバンド。 日本ではホンダ・シティのTVCMに出演し、一躍有名になった。

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